みそ汁じいさんの歯ぎしり

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「マラソン人生 寺澤徹」

昭和47年秋、鹿児島国体に砲丸投選手として出場しました。26才でした。
大阪の宿舎は天文館近くにあり、その旅館で寺澤徹さんと同室になりました。
サインをお願いすると「僕のサインなんかでいいんですか」と言いながら、
色紙に『マラソン人生 寺澤徹』と書いてくれました。
僕は78才になった今初めて、そのサインの本当の意味が少し理解できたような気がします。
寺澤さんは高校卒業後、働きながら走り続け、とうとうマラソンの世界記録保持者になりました。
鹿児島国体当時37才で、まだ現役の選手でした。
無名の青年がマラソンの世界記録保持者に。その間の忍耐や努力、葛藤が改めて偲ばれます。
寺澤さんは89才の今も元気に仕事をしておられます。
僕はと言えば、天文館の居酒屋さんで生まれて初めて芋焼酎をのみました。翌日少し二日酔いで砲丸を投げました。
ダメですね。今も昔も......。